■4つの発祥地

ご存知ですか?
新町には「○○発祥の地」と書かれた碑が4つも存在していることを。
4つの碑はいずれも静かに、誇らしく、ここが誕生の地であることを伝えています。
初めてのことを創り上げる新町の「創造の精神」を垣間見ることができます。

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1、「絹糸紡績発祥の地」(鐘紡公園内)JR 高崎線の新町駅の西北西 約500メートル。
国道17号からカネボウフーズへの入り口にある「鐘紡公園」の中, 隅の方に 大きな自然石に 碑文を書いたプレートを張り付けた石碑がある。
この碑の右側には 桑の葉に蚕のレリーフが置かれている。また 公園の角, 国道17号上り線から見える位置に, カネボウフーズの案内看板があり, ここにも「絹糸紡績発祥の地」と書かれている。カネボウフーズ新町工場は, 1877(明治10)年に「内務省勧業寮 絹糸紡績所」として開設された。 絹は 明治時代の日本が 外貨を獲得できた最大の輸出品であり, 明治政府は 製糸業の発展のために, 群馬県・富岡製糸所を開設, その5年後に この絹糸紡績所を設立した。 (くず繭などから絹糸を作るため 「官営新町屑糸紡績所」とも呼ばれた。)

引用:「発祥地コレクション」

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2、「群馬県ボーイスカウト運動発祥の地」(於菊稲荷神社内)
JR高崎線の新町駅から北東に800m。
新町第一小学校の北西側に隣接して“於菊稲荷神社”がある。 神社境内の南隅(南参道入ってすぐ)に 1.5mほどの高さの 茶色の石碑が建っている。ボーイスカウトは,戸外活動を通じて心身ともに健全な青少年の育成・教育を目的とする運動で, 20世紀初めにイギリスで始まった。
日本に紹介されたのは 1908(明治41)年で,各地に「東京少年軍」「大阪少年義勇団」「静岡少年団」 などの名称の組織が結成され,次第に全国的な活動になった。
太平洋戦争の開戦に伴い 軍国主義的色彩の強い「大日本青少年団」の体制となったが,終戦にともない解散。
戦後は「ボーイスカウト日本連盟」が発足して全国的な活動に発展した。群馬県においては,1922(大正11)年に この地でいち早く「新町義勇団」が結成され, 戦後は“ボーイスカウト新町第一団”となった。このことにより この地は「群馬県ボーイスカウト活動発祥の地」 となった。

引用:「発祥地コレクション」

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3、「日本スリーデーマーチ発祥の地」(弁天橋)
JR高崎線の新町駅から 北へ約700m。旧中山道が温井川を渡る弁天橋の脇に 弁財天を祀った祠のある 小公園があり, 道路を挟んで向かい側に 自然石を台座にした 黒御影石の石碑が建っている。
最上部には オランダのナイメーヘン市長からのメッセージがオランダ語で書かれている。“スリーデーマーチ”というのは 文字通り 3日間に渡って 自分の体力に合せたコースを 自分のペースで歩く“歩け歩け運動”の一種。日本全国各地で開催されており, スリーデーマーチの他に 2日間の“ツーデーマーチ”のケースも多いが, “フォーデーマーチ”を実施している例は見ない。
下記の碑文にあるように, 日本のスリーデーマーチは オランダ・ナイメーヘン市で行なわれる「国際フォーデーズマーチ」をお手本として 始められた。

引用:「発祥地コレクション」

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4、「第38回国民体育大会 なぎなた競技発祥の地」(しののめ信金前)
JR高崎線の新町駅から北に150m。
新町駅から北に通る 県道179号(新町停車場線)が 国道17号を越えてすぐ “しののめ信用金庫新町支店”がある。その敷地の南隅に 楯を縦2つに切り割った形の 黒御影石の発祥碑が建っている。なぎなた(薙刀)は 長い柄の先に刃をつけた武器で,古く平安時代から使用されていたが, 鉄砲が出現した後は 戦場で使われることはなくなり,もっぱら武家の女性の護身用具となった。
明治以後“女薙刀”が女性の武道として発展し,太平洋戦争後はスポーツとして引き継がれ, 1955(昭和30)年に“全日本なぎなた連盟”が発足。毎年“全日本選手県大会”が行われてきた。
1983(昭和58)年に開催された 第38回国民体育大会(あかぎ国体)で 初めて正式種目として“なぎなた”が 取り入れられ,少年女子の部・成年女子の部として 群馬県新町の住民体育館で開催された。

引用:「発祥地コレクション」